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千葉地方裁判所松戸支部 昭和63年(ワ)123号 判決 1990年8月23日

原告

河上藤一

右訴訟代理人弁護士

小玉聰明

被告

青木彦次郎

右訴訟代理人弁護士

川村幸信

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一請求

被告は原告に対し、金四五〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。

二事案の概要

弁護士である被告との間の訴訟委任契約の、債務不履行を原因とする損害賠償請求事件。

1  原告は昭和四九年七、八月ころ、弁護士である被告に対して、昭和三〇年四月二日に死亡した父河上政吉の遺産に関して、母河上むら、兄河上勝之助、兄河上吉之助並びに兄河上徳造を被告とする相続回復および所有権移転登記抹消等請求の訴え提起および訴訟追行を委任した。

これを受任した被告は、原告に勧めて協力者として、弁護士川村幸信にも委任させたうえ、同弁護士とともに同年九月、千葉地方裁判所松戸支部に昭和四九年(ワ)第一九四号相続回復等請求事件を提起し、審理を経た後、昭和五三年四月七日に訴訟上の和解が成立した。

その和解条項は次のとおりであった。

イ  当事者双方は、原告が亡河上政吉の相続につき相続権を有することを確認し、かつ松戸市和名ケ谷字和田一四七三番 田 一〇二四平方メートル(以下、本件土地という)の所有権を相続により取得したことを認める。

ロ  河上むらは原告に対し、本件土地につき真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をする。

ハ  当事者双方は、亡政吉の相続に関し、本和解条項に定めるもののほか、他に債権債務のないことを相互に確認する。

以上の事実は当事者間に争いがない。

2  原告が主張する被告の債務不履行の要旨。

イ  訴訟を受任した弁護士は、委任の趣旨に従って善良な管理者の注意をもって、委任者の権利及び正当な利益を擁護し、そのために必要な訴訟活動をすべき義務がある。和解をするについては、委任者のために利益になるものでなければ、委任の本旨に従って事務処理がなされたとは言えない。

弁護士は、委任者に適宜審理の進行状況を報告して、事件の処理方針について打ち合わせ、和解の内容及びその諾否について委任者の意向を充分反映するように努める義務がある。

ロ  原告が事件処理を依頼したのは本来、被告に対してである。したがって被告は、重要な事項、少なくとも最終の和解について、原告と打ち合わせて原告の意向を反映させる義務があるのに、被告は事件の処理をすべて川村弁護士に任せきりにして、訴え提起後は原告と面接したこともない。

ハ  被告から事件処理を任された川村弁護士は、事件処理方針について原告と充分に打ち合わせず、和解の内容及びその諾否について原告の意向を反映しなかった。すなわち、

a 昭和五一年一〇月一三日の原告本人尋問終了後、川村弁護士が原告に、次回から和解だから裁判所に来なくてもよい、と言ったので、その後原告は川村弁護士と和解について打ち合わせたこともなければ、数回開かれた和解期日に出頭もしなかった。

b 昭和五三年二月二二日に、本来なら相続人が一二人いるから法定相続分なら一八分の一しか取り分がないと裁判官が言っている、という川村弁護士の意見に対して、原告は、相続放棄によって相続人は現在三人だから六反歩は貰えるはずであり、原告が依頼したのは被告だから、被告の意見を聴きたいと言ったが、川村弁護士は聞きいれなかった。

c 原告は和解成立の期日には出頭したが、先に川村弁護士に対して六反歩は貰えるはずだと主張しておいたから、これを酌んだ和解がなされるものと信じていたものであり、成立した和解の内容を理解していなかったし、納得してもいなかった。

3  損害の内容

イ  政吉の遺産である田畑は約四〇二一坪であった。

相続回復訴訟は原告の相続放棄が無効であれば勝訴する事件であり、その主張と立証は果たされていたから、原告の取得分は三分の一である一三四〇坪であるところ、和解によって原告が取得した土地は三一〇坪であるから、その差である一〇三〇坪を得られない損害を受けたものであり、その時価は一坪金五万円であるから、金五一五〇万円の損害を蒙った。

ロ  被告の義務懈怠により原告が蒙った精神的苦痛に対する慰謝料として金一〇〇〇万円。

ハ  これらの損害の内金として金四五〇〇万円の支払請求である。

三争点に対する判断

1  前項事案の概要2のイ記載の、訴訟事件の委任をうけた弁護士が受任契約によって負担する義務の内容はこれを肯認することができる。

2  前項事案の概要2のロについてみるに、証人川村幸信の証言および被告本人尋問の結果によれば、原告から委任を受けた被告は、事案処理に手間がかかることが予想されたために、かねてから協力関係にあった若手弁護士である川村幸信弁護士に協力を依頼し、同弁護士を原告に紹介して同弁護士に対しても委任させて、その後は、訴訟の追行を川村弁護士に任せて自らは弁論や和解期日に出頭せず、川村弁護士から適宜、事件進行の報告を受けたり、処理方針についての相談に応じたりしていたことが認められる。

一件の事件を複数の弁護士が受任した場合に、その一人が訴訟活動を担当し、他の弁護士は必要に応じてこれに協力するにとどめることは、委任者からこれを不満とする明示の意思表示がなされない限りは、委任の趣旨に反するものではないから、右認定の事実によって直ちに被告に契約上の義務不履行があったとは言えず、ただ、右認定のような川村弁護士に対する委任の経緯があるときには、被告は川村弁護士の訴訟活動について、原告に対して責任を負う場合がありうるものである。

3  前項事案の概要2のハについて検討する。<書証番号略>、証人川村幸信の証言によれば、次の事実が認められる。

イ 相続回復請求事件の審理は、四回の弁論期日の後、二回和解が試みられて、更に六回の弁論及び証拠調べ期日が重ねられ、その最終である昭和五一年一〇月一三日の原告本人尋問期日の後、裁判所の和解勧試によって八回の和解期日が重ねられたすえ、再び二回の証人及び本人尋問の期日が開かれ、その後、昭和五三年四月七日に前記内容の和解が成立した。

ロ 原告は、これらの弁論期日及び証拠調期日のほとんど全部に川村弁護士とともに出席して審理を見聞していた。原告本人尋問期日後に重ねられた八回の和解期日には原告は出席しなかったが、そのうち四回の和解期日については、その期日の直前に和解の対応について川村弁護士との打ち合わせがなされ、その間に、最終的に和解で原告が取得することになった本件土地を川村弁護士とともに見分して確認した。

和解成立の期日には、原告は川村弁護士とともに出席して、原告が相続権を有することを確認する旨の和解条項を加えることを主張して譲らず、担当裁判官を困惑させたが、結局これを容れた条項が作成された。

ハ 相続回復請求事件の争点は、当該事件の被告らが主張した原告の相続放棄の成否であったところ、当該事件の被告らの主張および立証の経過に照らし、また、担当裁判官の訴訟指揮や発言内容に鑑みて、川村弁護士は勝訴の見込みに危惧を抱いたので、頑固に自己の考えに固執する原告に対して、和解に応ずるよう説得に努めた。

ニ 和解が成立して、登記手続も完了した昭和五三年五月、被告および川村弁護士と原告との間で、弁護士報酬の額の確定及び支払いが円満裡になされ、和解内容について原告の不満が漏らされるようなことはなかった。

その後も、原告は他の問題について川村弁護士に相談し、同弁護士の意見を求めたことがあった。

原告本人尋問の結果は、原告の主張に添うもので右認定に反するものであるが、前記証人川村幸信の証言は前掲の各書証に裏づけられて信用するに足るものであり、これに照らして原告本人尋問の結果は採用できず、他に原告主張事実を認めるにたる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、相続回復請求事件の審理の進行に応じて審理内容と訴訟の状況を承知し、和解の諾否の判断に必要な弁護士の意見を提供され、和解の諾否による利益損失の考慮をする機会を与えられて、和解に応じたものと認められる。

そうすると、弁護士川村幸信に訴訟受任契約に関する債務不履行があったとは言えないから、同弁護士に訴訟活動をゆだねていた被告に、訴訟受任契約の不履行があったことを原因とする原告の損害賠償請求は理由がない。

(裁判官田中昌弘)

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